アラサーOL 水無月の日記

手取り17万。みなづきです。日々思う事など。

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じーちゃん

      2017/11/12

じーちゃん

 

こないだから うちに、おじいちゃんが来てます。
うちの母方のおじいちゃんで、九州からやってきたのです。
思ったより元気そうで、仲良くやってます。

おじいちゃんは私のことをすごく可愛がってくれたので
おじいちゃんが家に来てくれて私はうれしいです。

今九州でおばあちゃんが入院していて、それでお母さんやその兄弟たちが
いっせいに九州へ帰りました。

それで、兄弟で会議を開いて、おじいちゃんを引き取ることを、お母さんが決めたのです。

でも、兄弟会議をする前から、お母さんの気持ちは決まっていたのだと思います。

老人になってしまった実のお父さんを、誰が引き取るか、なんていう
まるで荷物か何かのように、おじいちゃんをそんなふうに扱いたくなかったのだと思います。

うちにはお金がないと兄弟のみんなは言いましたが、どこの兄弟のうちもあまり変わらないと思います。私の家は両親は共働きで、忙しくやっているので、九州に住んで、子供も成人していて、専業主婦のお母さんの妹が、多分一番適任ではあるのです。

でもその人は引き取るのは嫌なのでした。
うちのお母さんが、九州に行く前、つまり兄弟会議をする前から「おじいちゃん連れて帰ってくるかもしれないからね」と言って出かけたのは、やはり、はじめから責任の押し付け合いのようなことをしたくなかったからだろうと思いました。

うちのお母さんは、そういうところがあるのです。

いつも貧乏くじをひくのだと本人は笑って言いますが、私はお母さんのそういうところがとても好き。

正義感に溢れた人なのです。それは時にうっとおしいのですが、なんかさわやかでいいです。

九州は遠いです。

おばあちゃんの今回の入院も、私は帰るかと聞かれると、帰らないと答えました。
私は田舎に帰るのが嫌いです。理由はそれはいろいろあります。
まず親戚が苦手です。そして虫が嫌いです。やることがありません。こっちで仕事もあります。漫画もあります。
理由はたったのこれだけです。

これだけの理由で、私はおばあちゃんが入院したというのに九州に帰らなかった。
薄情な人間だと思いました。
そして思いました。

私はもうおばあちゃんが死んでからじゃないと、九州に帰らないのではないか。
心の中にそういった予感が駆け抜けて、私はぞっとしたのです。

おばあちゃんもきっと、家に来ます。
おじいちゃんもおばあちゃんも、死ぬまで私の家に居たらいいと思います。

私はほっとしているのです。

おばあちゃんが死んでから、もしやっと九州に帰ったとすれば
私は多分一生それを悔やんで生きなければならない。

九州から帰るとき、いつまでも私たちの乗った車に向かって手を振るおばあちゃんを見て涙が出たのは、おそらく、その、恐怖の予感が私の心に常にあるからです。

おばあちゃんも早くうちに来たらいいと私は思っています。

そうしたら、おばあちゃんはもう「次はいつ来るんか 寂しい寂しい」と、泣く必要がなくなる。
私はそれが一番楽です。嬉しいと言うよりかは、楽です。

おばあちゃんやおじいちゃんが、寂しいと言うと、私の胸は本当に痛く、意味も分からず強い自己嫌悪に襲われて、辛くて辛くて仕方が無いのです。泣けてしまって仕方ないのです。

おじいちゃんとおばあちゃんがうちに来るということは、私が救われるということなのだなと思いました。
きっとお母さんも同じ気持ちなんだと思います。私とお母さんの性格は似ているのです。

おじいちゃんもおばあちゃんも、死ぬまでうちに居たらいいとおもう。
そしたらもう寂しい思いをしなくて済むと思う。おじいちゃんもおばあちゃんも、私も。

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